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あべののログ

私自身の、ログです。意見いただけると嬉しいです。Twitterしてます→https://twitter.com/abenono123

伝えることは自己満足ではいけない

中学3年間では、中学に入ったということや代表業をしていたということもあり、

文章を書くことが多く、大勢の前で話すことも多くありました。中2から特に増えました。

 

文章を書き続けていると、文章力がつきますね。経験が多いほど余裕もできて面白くなるものです。話すことも一緒です。

厳密にいえば、文章を書き、誰かに推敲?してもらうことで文章力が付きますが

 

もともと、私は作文が好きでした。

小学校のころは、思ったことを書けばいいんでしょ、とおもっていて、

ほかの人は作文いやだいやだいうけれど自分はそう思わない…良いのかもしれない。

と文を書くことに得意意識を持ちました。

 

意識とは不思議なもので、他より一歩前に出た気がして…!!意識が自分の力を引き出してくるようで…!!先生に褒められたこともありました。

 

文章を書くことで、いいことも見つけられます[あとでまとめます]

 

 

さて、最初にも書いたように、私は、中2から文章を書くことがどっと増えました。

難しい言葉が好きでつかっていました。いや…好きというよりは、そういう言葉のほうが、様々な意味があって、自分の伝えたいことの多くを表せるから使っていました。

スムーズを円滑と言ったり生徒中心を主体と言ったり。

沢山意味がある言葉は混乱させることもあるかもしれませんが、当時は、自分の言いたいことあれもこれも表せる!!としか考えておりませんでした…。

 

そして、初めて、大勢の人の前で話してみたとき、目の前にあったのは (・・?という表情でした。

先生からも友達からも、文章が固いねー。とも、言われました。難しかった!とも。

人前で発表するときは、まじめに、言葉を選び抜いて言わなければならない、と思っていたこともあり、そういわれたときは、正直、困惑しました。

 

周りから、指摘を受けて、さすがにそのままにしておこうとは思わなかったので

どういうことか、考えました

 

そして、周りの人が、固いだのむずかしいだのいうのは、分かりづらくて、伝わっていないんだな。と理解しました。

 

何かを言うときは、当然、相手に伝えるためにいうわけなので、

伝える、という目的が果たせていなければ、無意味。

それどころか、誰も聞かなくなってしまうんだな、と反省しました。

それ以降は言葉を改め、聞く人が疎遠になってしまわないように、ときをつけました…!

 

自己満足で終わらせていいことが数多くあるけど

伝えることは自己満足ではいけないのだな、と生きる道を広げた話でした。