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あべののログ

私自身の、ログです。意見いただけると嬉しいです。Twitterしてます→https://twitter.com/abenono123

長いようで短かったわ~の真相(推測)

ってよく聞きます。

特に卒業の季節。いう本人は、本当に短く感じたから、「長いようで短かったわー」なんて言います。が、いろんな人が名残惜しい感情を表すときに一言一句変わらず使うこの言葉を、わたしは、卒業の季節の常套句のような認識をしています。

気持ちはよくわかります。私も思います。

使いすぎると、古くなっちゃうのですかね、ものみたいに。

ものを買ったときは新鮮な気持ちなのに使ってくると当たり前感が出てくる…

不思議なものです。

 

話がそれました。

そんな話はさておき 長いようで短かったわ~ の真相です。

※推測です。

例えば中学3年間。

毎日、ちゃんと、生きている(会話したり、うれしくなったり悲しくなったり楽しくなったりあいている)はずなのに、思い出すと短く感じる。

それは、 忘れてるから だと思います。

 

人がその日にしたことを、その日覚えていても、一週間…一か月…一年もすれば、忘れてしまう。しかしそれは人間の普遍的な原理なはずです。日記をつけない限り1年365日を思い出すことはできない。日記をつけていても、振り返らない限り、(或いは振り返っても)忘れてしまう。それでも、楽しかったことや、恥ずかしかったこと、うれしかったこと悲しかったこと、それは覚えている。

そこから考えるに、同じような毎日、自分に大きな刺激がない日々は、忘れやすいのだと思います。その日、感動したことでも、過去に、似たような経験をしていれば、無意識のうちに忘れてしまう。アウトプットしたぶん、この知識はもう必要ない、と無意識に思うのかもしれません。

 

なんだか、切ないですね。楽しかった記憶が消えてしまうなんて。

 

逆に、中学3年間長かったわ~と思う方。私の友達にいました。

よほど耐えること我慢することがあったのか、学校に来た日が少なくてすべてを覚えているからか…あるいは、学校でかつてしたことがない体験をたくさんして、多くの体験すべてが印象に残っていて、長く感じるからか

…いろいろ理由はありそうですね。

わかりませんが、長く感じる方に共通するのは、日々の多くをずっと記憶していることでしょう。

中学3年間、365×3=1095 すべて覚えていたら1095以上の思い出を覚えている…

数字をみると、長い日々だとしみじみ感じます…

 

 

生きた時間は長いのに、思い出すことはごく少数。だから短く感じる。

それが真相なのではないでしょうか…!