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あべののログ

私自身の、ログです。意見いただけると嬉しいです。Twitterしてます→https://twitter.com/abenono123

序章

2か月ぶりです
こんにちは。

しばらく更新していませんでした
…それほど自分の時間がなかったのかと思うと恐ろしいですね。


さて、書きたいと思っていることはたくさんあるのですが…なかなかかけずにいて…

この連休中にかけたら書く。いや必ず書く。はい。笑

時間をかけて書きたいと思っていること
その1  水問題が深刻な件
その2  パーム油の内実を知ったら世界観が変わるだろう話
です。

最近授業をうけていて、
これらの問題は地球温暖化と同じくらい大切な問題だと思いました。

だから自分のなかでもう一度整理。
そして、あわよくば、読んでいる人にも知っていただきたい。

そう思いました。


再テストの脅威

高校生活が始まって約一ヶ月…

慣れるまでまって!と言いたいところですが
容赦なくテストはやってきます。
小テストが多いですね。
もはやテストは日常になりつつあります。

そんなテスト。
小テストがあって、その成績が悪ければ、
再テストがあります。

私はいまのところ、再テストに引っ掛かっていません。再テストに引っ掛かるのは勉強不足だ、と思うのでしっかり対策をします。

あるテストで再テストに引っ掛かる友達がいました。赤点。

再テストか…がんばれ
と思っていました。

しかし、そんな再テストの友達に、…もっといえば、再テストの存在に私は脅威を感じました。

というのも、その赤点をとった友達は、
そのあと必死に勉強し、ほぼ満点といってもよいくらいの点数をとりました。

私の小テストの点数より、友達の再テストの点数のほうが高かったのです。
もちろん、答えを覚えたわけではありません。

私はその分野を、点数ほど理解できている自信まではありません。復習はしましたが…


つまり、私と、赤点をとって再テストをした友達では、
赤点をとって再テストをした友達のほうが、学力が確実です。

そう思ったとき、点数にうかれていた私は
背筋が延びました。危機感を感じました。

また、理解している自信を持てないほどの私を、勉強不足だと思いました。


再テスト…それはもう一度やり直すきっかけ。


再テスト=勉強不足

は正しいかもしれません。しかし、再テストを完璧にこなしたら、遅かれ早かれ、その人に必要なぶんの勉強量は満たされたことになります。

では、1回目のテストで中途半端な点数をとった私は、必要なぶんの勉強量を満たせているのでしょうか。
答えは容易にだすことができます。
満たせていません。


再テストに本気で望む友人の姿勢と結果に
自信をもって100点とれなければ
再テストの余地あり
と教えられたようでした。

勉強がんばります。

おかれた場所で咲きなさい

環境にものをいうくらいなら、自分でその環境の状況を変えてみろ


って自分に言い聞かせています。

まわりのひとがどうだとか、
これが不満だとか

そうやって、まわりのことが嫌でなにか
暴言をはくなら!
嫌だって思うなら!
その環境、自分で変えてみたらいいじゃないですか。

塾いきたいのに…!
塾いきたくないのに…!
あいつうるせえ…!
親がうざい…!
高校が居心地悪い…!
中学つまらねえ…!

そう呟くなら、
なにか変えてもらうんじゃなくて
自分から状況打開するのが1番です


ちょっとした~‥

メモ程度のログはTwitterに記すことにしました

ということで以上です


批判するなら言わなければいいじゃないか ってさ

先に、批評、批判、非難について定義しておきます。

批評…長短を指摘して評価すること
批判…価値を評価すること
          (特に誤りや欠点を取り立てる)
非難…欠点を攻めること

この記事の中のイメージとしては、
批評→非難という順でマイナスです。

本題。


アーティストの動画などをみていて、
コメント欄で批判(評価)する人をみかけます。


私としては、構わないと思っています。
厳しい批判(評価)でも、自分にいかせることなら、ありがたいことです。
(あくまで個人として)


さすがに、批判(評価)が度を越して、非難になるようなものは、残念な気がします。


アーティストがすきである故に、批判(評価)する人を非難するファンの人がいるのも、事実で

そういうコメントするなら、みなければいいでしょ
というコメントを中心に
コメント欄で喧嘩しているのをみると、
えも言われない気持ちになります。

それでも、自由なコメントの場ですから、規制するのは難しいでしょう。(無理だとは思いませんが)


出る杭は打たれる文化とだけあって、誰かがよく評価されていれば、
自分のほうが…!いやいやこれは…!でもこれさ…!
と、気を張りたくなるのがほとんどの人間 ですから、普遍的な原理なのかもしれません。

出ない杭もうたれます。問題なく過ごしている人に、たとえ意味がないとしても、余計な口を挟める。。

私のまわりには、います。
嫌いとか、そういう理由だけで、悪いことをしたかのように人を攻撃する人

よく考えてみれば、意味はないけれど、なんか口をはさめたくなった。そんなことはきっと、多くの人がみに覚えがあるのではないでしょうか


また、ストレスをかかえて 、余裕がなくなっていること故の、現象なのかもともうけとれます。


感情のままに行動してしまいがちだけれど、
気を付けようと思いました。




今日も駄文だ。まとまっていない、もう少し余裕が必要だ。無理矢理かいて、余裕がない記事になるくらいなら、かかないほうがましだ…余裕を作ろう…!

腑に落ちない、まとまらない、終わりとなり、心苦しくあります。大変失礼いたしました。

LINEって機械

LINEは機械。

友達と会話していて、すごく思うのです。

普段は、話したら、笑ったり、間をとったりなんだりで会話に抑揚があるのに、
LINEは文字だけで、笑いも間も伝わってこない。

冷たくすら感じてしまいます。

LINEって…機械ですね。

抽象的のほうがよかったりする

抽象的なのは難しいこともあるけど
いろんなことに当てはめて考えられる

数学の公式のよう。


だから 

好きです。

けれど、伝えるには具体的なはなしが大切。
具体的と抽象的   どちらも上手に使いたいです。